森の小人

いやな記憶が蘇る。
「... さん... さん?聞いていますか?だからね...... あなたの文章はつまらないんですよ私」
私は数年経っても自称という二文字が頭に付きまとう小説家だ。そして私の脳内でループ
する説教を垂れるこの若造は編集者の人間である。
どうやら私の人生はごく普通で、小説にその普通さが粘りついているらしい。たしかに持
ち込んだ小説はひどい腰折れで、それは私の歩んできたつまらない人生が影響しているのだ
ろう。・・・というわけで、これを覆すため目の前の髭男がもつものを摂取しようと思う。

「先生。だったらこれ試してみたらどうですか?これ笑茸ともいわれるもので、海外なんか
では宗教や儀式で使われたりするらしいですよ。」私の愚痴を聞いていた友人の髭男が手の
平にパケ袋をだす。中にはやせ細った茸がどうみてもそれはマジックマッシュルームの類の
やつであった。いや、正確にはまだ分からないが笑茸、南米、宗教で使用と聞いて間違いな
く本国では違法なものだろうとは思った。
数分前まで、私はこの違法薬物をススメてくる髭男が所持する山小屋で、焚火を目の前に
日本酒をちびちび飲んでいた。その数時間前は、編集者にひどく罵倒され落ち込んだ私のも
とへ来て、気分転換に山小屋へ行きましょうと誘ってきた。
気晴らしの休暇と思っていたのに、なぞの乾燥茸をポケットから出されては驚くほかな
い。そんな私を無視し髭男は饒舌に話す。
「なんかチャクラが... 」「こないだ南米の友達が持ってきて... 」「日本への持ち込みは相当
大変だっていう... 」「尻の穴に入れて十数時間飛行機で持ち込んだらしいですよ」「監視の
犬よけに唐辛子もいくつか入れたらしいんで、そいつの尻穴はひどい炎症をおこしたって
... 」ひゃっひゃっひゃ。

髭男の話を聞き流している間、私は目の前の二択について悩み一つ選択した。小説家にと
って好奇心や追究心がないことは悪であり、偉大なる小説家たちもたしかに色々な逸話をも
っている。なので私は目の前の悪とされているものを摂取し、古代シャーマンが見てきた光
景をすこし覗き、自らの啓蒙を高めるくらい大した罪ではないと自身に納得させ、ありがた
く笑茸を頂戴することとした。

「少しもらおうかな... でもどう摂取するの」と髭男に聞くと「そのまま食うんですよ」と答
える。
「えぇー」とあぶって食べると思っていた私は困惑した。髭男は茸を口の中に放り込みむし
ゃむしゃ食べ始めた。それに続いて私も渡された茸を口に放り込んだ。なじみ深いシイタケ
のような味を想像していたが思いのほか違った。例えるならチーズ、それもブルーチーズの
ような味だ。「車の中にまだあるんで足りなかったら言ってください」と言うと髭男は森を
散歩するらしく木々の中に消えていった。

あの茸を摂取してからどのくらい経ったか。先ほどから焚火の炎の色が五色に変化しては
ぐるぐると混じり破裂を繰り返す。それをしばらく眺めていると、今度は炎の中から様々な
色のシャボン玉のようなものがでてき空へと昇っていった。数秒するとシャボン玉は破裂し
その粒がひらひらの落ちてきた。落ちてきた赤色の粒を拾おうと手を出すとピリッとした。
次にきた黄色の粒を触るとしびれるような感覚がした。色にも感触があるのだとこの時初め
て知った。そう感心していると、ひゃっひゃっひゃと大きな笑いを出しながら髭男がなにや
らペットボトルをもって戻ってきた。それは何かと聞くと小便だという。

彼が小便というなら小便なのだろう。当り障りないことを聞いてみる。
「それどうしたの?」
「ぼくの」
「汚いな。さっさと捨ててこいよ」というと髭男はへらへらしながらとんでもないことを言
い出した。
「捨てるなんてもったいない。この尿にはさっき食べた茸の成分が凝縮されているんです
よ。これを飲めば、さらに強いトリップができるって聞きました。この方法は初めてですが
南米ではポピュラーなやり方らしいですよ」
正直、何を言っているか理解はしたくないが、恐らく茸の幻覚成分が体内で濾過され尿と
なり凝縮された成分が排出されるということだ。話の馬鹿さ加減にうつ向いていると、髭男
はその小便を日本酒と混ぜてぐびぐび飲み始めた。
「へへーや。きっちーぜこれは。せんせぇい」信じられないことに本当に飲みやがった。す
るとすぐに髭男はその小便割り日本酒を私に渡してきた。どうぞお飲みくださいという顔を
しているが、いくら薬物で脳がマヒしているからと言って、人としての自尊心はないのかと
思った。私がそんなものは飲めるかと静かに吐く。

「飲みなよ。こんな経験ないよ」と返事がした。ただその返事の主は目の前の男ではなかっ
た。なぜかその返答は耳元で聞こえた。後ろを振り向くと誰もいない。幻聴まで聞こえるよ
うになったかとニンマリする。すると「いい小説を書くにはもっと経験が必要でしょ。早く
飲んで啓蒙を高めようよ」と幻聴は続く。
「だからお前の小説はつまらないんだ」「経験がない奴は何をしてもだめだ」
脳がなんか変な汁で満タンになっていく。「うるさい。うるさい。黙れぇ」次の瞬間には
ペットボトルを握りしめ小便割りの日本酒を飲みはじめた。なんてひどい味だ。これは公衆
便所を液体化したような味だ。おえぇーっとえづく私を見てひゃっひゃと笑いながら髭男は
また林のほうへ走っていった。

音楽でも聴こうかとラジオをつける。「... 県で行方不明となっている... 山本孝弘君らが...
... 」「黄色いジャケットを着用しており... 」「事件に巻き込まれた可能性... 」「捜索範囲を
広げると」よくある情報がすごいスピードで聞こえる。ガサッと音がするので林のほうを見
ると鹿がいた。私が鹿を見ると互いの視線があった。すると私の体から白い煙がでていき鹿
の体内へと入る。瞬きすると私は鹿となっていて足を動かそうと念じると歩くことが出来
た。林の中に入っていくとぴょんぴょん跳ねることができ体験したことのない開放感が得ら
れた。神秘的な感覚を味わっていると、目の前に今にも死にそうで不健全そうなサルが現れ
た。猿は私の体をゆする。すると私の体からまた煙がでてすごいスピードで元の体に戻って
いった。

ボーっとしている私の目の前に「しぇんしぇい。きれください( 来てください) 」と髭男が
驚いた顔でいる。「むこのはやし・・はやしに小人がいましたよ( 向こうの林に小人がいまし
たよ) 」
私は彼の呂律が回っていない様子がとても可笑しく、普通なら冗談だと思いあしらうが、
この時はなんだか小人が居るような気がしたので彼の案内するほうへ歩いた。こっちですと
彼の案内するままついていくと彼は「みて。見て」と指さす。見ると確かに小人がいた。そ
れも四匹ほど。身長は大人のヘソぐらいの高さだ。顔は薄い緑色でニタニタと笑いながらの
そのそ歩いている。
「確かに、あれは小人だな。それも沢山いる」というと髭男がもうちょっと近づいてみまし
ょうといい移動するので彼についていった。ここで私がガザっと音を立ててしまい、一匹の
小人がこちらを見た。まずいと思ったときはすでに手遅れだった。わぁーと不気味にニタニ
タし奇声を上げながら小人が駆け寄ってきた。するとそれにびっくりした髭男が近くにあっ
た棒を拾い上げ一匹の小人の脳天にぶちのめした。小人はグギャンッと音を鳴らし倒れこん

だ。すると青い血を流し、壊れたロボットのように小刻みに震えだし、ほんの数秒で止まっ
た。それを見ていたほかの小人は一斉にヒャアーと言いながら逃げ出した。これはやばい。
仲間を呼ぶ気だなと思い、近くにあった石を両手で持ち、逃げる一匹の頭にダンクシュート
を決めるように両手で振り下ろした。するとこちらも先ほどのように小刻みに震えながらす
ぐに静かになった。髭男は逃げ出したもう一匹ののどに棒先をめり込ませていた。小人は喉
をおさえながらコヒューコヒューと声を漏らしながら倒れこんだ。なんとも不気味な声だ。
聞いたことがある。ゴキブリは死ぬ間際に独特な奇声を発して遠くの仲間を呼ぶと。これは
いかんと思った私はでかめの岩をそいつの頭におとした。コヒューコヒューとベイダー卿の
ような泣き声をだす小人は「ヴァモォスッ」という断末魔を最後に体を大刻みさせ没し
た。「今の断末魔で仲間を呼ばれたかもしれん。逃げるぞ」私は髭男にそう告げると、彼は
最初の脳天粉砕小人を担いでいた。
「そいつをどうする気だ」と聞くと、「証拠に一匹持っていくんですよ」と答えた。そんな
ものは置いていけと言おうと思ったが、今後の小説の参考になるかとおもい、「そうか」と
何も考えずその場を後にした。小人の脳に空気が入ったのか、彼が歩くたびに小人の体が揺
られコぽこポ音がするのが可笑しかった。

森から抜け出した私たちは、小人をトランクに放り投げ車を走らせた。茸の強大なエネル
ギーによる疲れか、またはすさまじい体験による疲労のせいか私たちはしばらく無言で車を
走らせた。「せんせい。まずいですよ。警官がいます」髭男がそういって、スピードを少し
下げる。たしかに、四百メートルほど先にパトカー独特のランプが見える。そして、なにや
ら先頭車の社内を確認しているではないか。トランクの小人、社内のどっかにある茸を発見
されては小説家うんぬんの話ではなくなる。私はすぐに髭男にもと来た道を戻る様に指示し
た。後ろを見ると、ひとりの警察官が私たちの車に気付いたような気がした。スピードを上
げどこか脇道にはいるところはないかと確認しつつ、小道を発見したのでそこに入っていっ
た。しかしながら、その小道はひどい悪道で、スピードを出しすぎていた私たちが谷底に落
ちるには十分すぎた。

「んあぁぁぁ」というひげ男爵の叫び声が聞こえる。車体はおそらく二,三回転して大木に
激突し止まった。車体はシューっと白い煙を吐き出し始めた。私は車が爆発するんではない
かと思って、すぐに髭男を運転席から引き釣り下ろそうとした。しかし、衝突で車体の一部
がつぶれ、彼の足が挟まれているのが見え、少し引っ張ると、んぎゃーんぎゃーとわめく。
それでも車が爆発する懸念から、彼の声を無視し無理やりでも引っ張った。「ぎゃうん」と
いう声とともに彼の体が車体から抜けた気がした。しかし、彼の右足は引きちぎれ車体に置
き去りとなっていて、ぶっとい動脈もぶちきったようですごい血が出ている。

おろおろする私。
「おおおいい。これどうなっちゃってる?」髭男は叫ぶ。
私は手で血が噴き出す場所を適当に抑える。
一分後「うわー」
二分後「まじかよ... 」
三分後「う... うん... 」

血がなんとか止まった。というよりはでなくなった。すぐに救急車を呼ぶから待っていろ
とほぼ屍の髭男へ言う。電話しようと思ったが電波がなかった。だれかに見つけてもらおう
と発煙筒をつけようと思い車内を探していると、小袋に入った乾燥茸を見つけた。駆け付け
た救急隊や警察にこれが見つかったら大変なことになる。すぐにその茸が入った袋を林に投
げ捨てた。ふととトランクの小人も処理しておかねばと思い、ゆがんだトランクをこじ開け
た。そこにあったのは小人ではなく黄色いジャンパーを着て脳汁が垂れた少年だった。

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